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忘れたくない

by mariko

容易く言葉にできないような気持ちを、文章にして残すことは、悩んだけれど、いてもたってもいられなくて、どこへもいけない気持ちだから、少し書かせてください。


HANICAMと出逢ったのは2015年10月。

初めて目の前で2人の音を聴いた12月。
もう一度聴きたいという思いが消えず、
横浜に向かった1月。

 雪が積もった地元の駅で、鈍行の電車を待っている時間が もどかしくて、愛おしく思えたのを、今もはっきり覚えてる。


そこからはもう言うまでもない。
月に一度、二ヶ月に一度、気づけばそんなハイペースでHANICAMのライブに行ってた。
福井から新幹線に乗る滋賀までの1時間。
滋賀から神奈川までの2時間。


友人に、
"移動時間よりライブの時間の方が短いじゃない。そこまでして、聴きたい音楽なの?"
と、からかうように言われたこともあった。


でも、誰になんと言われようと、私には必要な音だったし、必要な時間だった。

HANICAMに会いにいくことが、私の最大限の愛情表現だったし、会いに行くことが感謝を伝える精一杯の形だった。
ライブに行けた日、行けなかった日。
SNSでの自分のTLを見返すと、果てしなく圧倒的にHANICAMのことが並んでてちょっと恥ずかしくて、でもずっと好きだったんだと思うと誇らしい気持ちにもなる。



全部が必要で、全部あったから今の自分があるのだなと、よく考えれば当たり前で、
でもよく考えないと受け止められないようなことばかりだ。


HANICAMが選んだ" 解散 "という道。


HANICAMが存在しなくなる.

10年後、20年後、私の中のHANICAMは薄らな記憶になっていくかもしれない。
でも同じ時間を生きたという事実は後生残るから、美味しく噛んで舐めて飲み込んで生きてく。味がしなくなっても。



わたしの24歳から26歳の 2年間をあまりにも鮮やかに変えてくれたから。
思い返して、思い出して、また泣いちゃうかもしれない。どうしたってこの季節に
置いていけるような気持ちじゃない。
だけど、こんなに心がもがれるような気持ちも意味を成す時がきっとくる。


音楽でたくさんのものを届けてくれた。
私も大好きな気持ちは、わたしなりの表現でたくさん伝えてきた。
だから、言いそびれた言葉、伝え忘れた想いなんていっこも残ってない。


だけどね、もらってばかりで何ひとつお返しができていないんだよ。もっと大きな何かをHANICAMに返したかったんだよ。



いつの日だったか、
「あなたに見つけてもらえてHANICAMは本当に幸せです。」 と言ってもらえたことがありました。


私のほうこそ、HANICAMに出逢えたこと
心底幸せだと思ってます。
幸運だと思ってます。


HANICAM という形が 無くなったとしても、ふたりがそれぞれの音楽を諦めず続けてくれたなら、わたしは私以上のちからを
出せる気がするんです。たくさんのものをくれたHANICAMに恩返しができるのだとしたら、まず思いつくのは、私が私を諦めずに生きていくこと。



「自分自身を愛することを諦めないで」
という 命の讃歌の このフレーズに込められた思い。隠されていた意味を知った時、涙が止まらなかった。
こんなに深くてこんなにシンプルなことだった。



変わっていくこと、変わらないもの。
わたしの中にもたくさんあるけど、
全部 大切にしていきます。



ふたりが進んでいく道は
きっとキラキラしているはずだ。



わたしも、必ず、
明るいところへいきたい。






mariko
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